2007-12-13

ミッチェル・レポートのクレメンス

このレポートの目玉、ロジャー・クレメンスについては一際長いレポートがありますが、かなり興味深いので訳してみました。

1998年、マクナミーはStrength & conditioningコーチとしてトロントに採用。

98年の6月8~10日頃、フロリダ遠征の際、のカンセコの家のパーティに呼ばれる。マクナミーはそこでクレメンス、カンセコ、もう一人が話し合っているのを目撃。

カンセコは検査官にはクレメンスとDeca-DurabolinやWinstrolの効用やどうやってステロイドを入手できるか話をしたと言っている。

トロントに帰ってきてからしばらくしてクレメンスはマクナミーに初めて近づきステロイドのことを聞く。クレメンス「自分では注射できないから助けてくれないか。」

その年の夏、クレメンスはマクナミーにWinstrolを注射するよう頼む。マクナミーは4回ほど尻に注射をしてあげる。それはSkyDomeにあったクレメンスのアパートで行われた。マクナミーはクレメンスにステロイドの入手先について聞いたことはなかった。

1998年、クレメンスはマクナミーにAnadrol-10(最も強力なステロイドの1種。肝臓を傷めるなど副作用あり)のボトルを見せてこれについて知りたいと聞く。マクナミーはこれは使うなという。クレメンスはそのボトルはカンセコにあげてしまう。マクナミーはクレメンスがどこからAnadrol-50を入手したのか知らない。

マクナミーによるとクレメンスには1998年の終わりまで注射してあげた。クレメンスのパフォーマンスはものすごくよくなった。その間、クレメンスはマクナミーに「すごくよく効く」と言う。同時にクレメンスはトレイニングもはげしくしたし、ダイエットもしていた。

1999年、クレメンスはヤンキースにトレードされる。マクナミーはトロントに残されたままだった。2000年、ヤンキースはマクナミーをアシスタントコーチとして雇う。マクナミーによるとクレメンスがヤンキースを説得したらしい。マクナミーはヤンキースからとクレメンス個人から給料をもらっていた。

マクナミーはKirk Radomaskiの名前は2000年のシーズン中、David Seguiを通して知る。マクナミーはラドムスキーの電話番号をJasonGrimsleyから聞く。マクナミーはレクサスを買いたかったがラドムスキーはいいディーラーを知っていたのだ。

マクナミーによると2000年、クレメンスはまたステロイドを使う、と明言する。シーズン後半、マクナミーはクレメンスに4回から6回注射をする。それはマクナミーがラドムスキーから入手したSustanon 250かDeca-Durabolinだった。

また同時期マクナミーはクレメンスに4~6回HGHを注射している。それもラドムスキーから入手したものだ。注射の前にその効用と危険をクレメンスに説明している。マクナミーはクレメンスにHGHを与えたのは自分のアイデアだったと信じている。ラドムスキーがマクナミーにHGHはどうやって注射するか教えている。注射はマンハッタンにあるクレメンスのアパートで行われた。

マクナミーとクレメンスは2000年の終わりから2001年8月までステロイドの話はしなかった。しかしマクナミーはクレメンスとペティットをオフシーズンにトレーニングしている。マクナミーがクレメンス他の選手をトレーニングしていることは公にしているしPeter Gammonsも2001年のスプリングトレーニングでレポートしている。

マクナミーによるとクレメンスは2001年8月、またステロイドを使うと彼に伝える。その後、マクナミーはクレメンスのアパートでSustanonかDeca-Durabolinを4、5回注射する。マクナミーはラドムスキーからそのドラッグは入手している。クレメンスはHGHが好きじゃないとマクナミーに言う。マクナミーの知る限りクレメンスは2001年にHGHは使っていない。

2001年のシーズン後、マクナミーはヤンキースに残らなかった。それからクレメンスはマクナミーにステロイドを注射するよう頼んではいない。クレメンスはどうしてやめたかはマクナミーに伝えていない。

マクナミーはクレメンスはシーズン疲れないよう後半に使用していたように思ったタ。ステロイドやHGHを使用することに関して決断を下したのはクレメンスである。マクナミーはクレメンスにステロイドついて教育した。

まだつづく

06年12月、マクナミーはステロイドについて「クレメンスやペティットにステロイドをあげたことは一度もない。彼らからステロイドを要求されたこともない。頼まれたのはビタミンだけだ。」と答える。マクナミーはレポーターには真実を言わなかったと私たちに話した。自分の評判を落としたくなかったからだ。

2007年5月15日、New York Daily Newsはクレメンスがマクナミーと絶縁したと伝える。マクナミーはそれを否定、記事が出た後もクレメンスをトレーニングしたと言う。クレメンスは今ニューヨークに家があり、マクナミーがジムを作っている。

マクナミーはクレメンスの経費から金を受け取っていた。クレメンスへのトレーニング代と実費を払ったがときに"Extra money"も払っていた。マクナミーがドラッグを買う費用を直接渡したことは一度もない。

マクナミーは「彼は今プログラム中なんだ」などの「ヒントを落とす」ことでノブロックやクレメンスが好調だとわかった。マクナミーはクレメンスやペティットがステロイドやHGHを使っているとラドムスキーに明言したことはない。

2003年から04年の間、マクナミーはラドムスキーに4回小切手を渡している。マクナミーはクレメンス、ペティット、ノブロックに供給したと言っている。

マクナミーの名前、住所電話番号はラドミスキーの家宅捜索で見つかっている。電話の履歴からみるとマクナミーに12回電話している。

クレメンスは野球関係者の2人のうち1人だ。もう一人はペティット。ペティットはマクナミーがヤンキースを去った後も忠実なままである。クレメンスは2007年も含めてマクナミーの収入源であった。

マクナミーへのインタビューの前、彼は連邦当局から数回インタビューされている。そのたび、真実を言わないと犯罪にもなりうると言われる。当局の役人からマクナミーがクレメンス、ペティット、ノブロックにドラッグを使用したといった旨を聞く。

これらの陳述についてクレメンスの見解を求め、会見を要求したが拒絶される。

おしまい。推敲していないので雑な訳ですがこんなでした。
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3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

日本で活躍している選手の名前も出たそうですよ…
心配ですね…

匿名 さんのコメント...

 長文の翻訳、お疲れ様です。
 ミッチェルレポートって、いまいちよく分からなかったのですが・・・、こんなに恐ろしいものだったのかあ。対象の選手はたまりませんねえ。
 まあ、クレメンスは嫌いな選手だったのでどうでもいいですが、ダイクストラなどのマイヒーローたちの名前がけっこうあがっていて悲しいです。でも、これでも氷山の一角なのかなあ。

bmb さんのコメント...

たかびごんさん
みたいですね。日本の日本人選手は大丈夫でしょうか。

tokitoki先生
O'sの選手が何人も挙がってましたね。
ステロイドやHGH打って目にみえるほどの効果があるとわかれば使いたくなるんじゃないですか。それが$$$につながるんだし。