2011-08-06

ドナウ川クルーズ:ウィーン2

ふたたび芸術の都ウィーン編です。
いったん船に戻ってランチを食べてから「第三の男ツアー」に行ってきました。ガイドさんは元々第三の男には興味がまったくなかった(ウィーンの人はあえて語りたくなかったらしい)のですが観光客があまりにこの映画について聞いてくるので知らないと言ってばかりはいられない、と調べだしたらはまってしまったらしくついに博物館までオープンすることになってしまいました(笑)。

まずバスでホーフブルグ宮殿(かつてハプスブルグ家の王宮で神聖ローマ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国の皇帝宮殿として使用。現在はオーストリア大統領の官邸)に行きました。博物館、美術館がありここだけで1日過ごせそうです。

この像はハプスブルグ家の最後の君主で女帝と呼ばれたマリア・テレジア(Maria Theresia)です。お子さんをたくさん産んでいて(でも多くが幼少時に死亡)、そのうちの一人がマリア・アントーニア(マリー・アントワネット)です。



このお向かいにあるHeldenplatz(英雄の広場)に行きました。
このバルコニーでは1938年、ヒトラーが演説をしたということでとても有名です(wikiで調べたらこれが一番有名らしい)。この広場を人が埋め尽くし、中には「ついにわが国にもリーダーが誕生したのね」と涙する人もいたそうです。

第三の男博物館にあった第二次世界大戦後のウィーン。イギリス、フランス、アメリカ、ソビエトの4カ国の占領下におかれました。ソビエトがウィーンの芸術的価値に目を付けなんとか全土を占領しようとしますがアメリカがはむかったためそれはなりませんでした。その後1955年にオーストリアは独立、占領はとかれました。

ウィーンの写真はぼけてしまったのでこれは同じような理由で分割されたベルリン。右半分ソビエトが占領しています。

博物館はありがちですが映画にちなんだものが多く展示されてあって、その後映画を観た義父がツアーのおかげでもっと理解できたよ、とたいへんご満悦でした。私たちも部屋で見始めたんだけど途中で眠ってしまった・・・・

さて、以上は大真面目な話題だったので切り替えます。

オペラハウスのツアーに参加しました。

美しい!ここは戦争でも爆弾は投下されず昔からのままですが、残念なことに連合軍が駅かなんかと見間違えて一部破壊されてしまっています。舞台装置、衣裳がそれで全滅となってしまいました。そのため今では市外に保管、公演のたびにトラックで運び込むそうです。



ここでは公演するたび赤字で、足りない分は市民の税金で補っています。一度もう税金で賄うのはやめよう、とオペラハウスを1年閉じてしまったことがあったのですがその結果観光客が激減してしまいました。そこで「そうかオペラは観光客が他でもお金を落としてくれるんだ」ということで復活したということです。

お土産ショップ寄ったら小沢さんの写真発見!

その後モーツアルトが住んでいたという家を観に行きました。家自体は割りと普通の建物で、家の中には家具もなくそれなのに撮影禁止と言われてほんとは少し撮ったんだけど載せません・・・・

花屋の薔薇。色がきれい。

夕方はサロンでコンサート。優雅なひとときでした。


ということでもう少しお付き合いください。

2 件のコメント:

ya さんのコメント...

例の毛穴が見えそうなTVにLAN端子が付いてたから、つないで写真見たよw。死ぬまでに1度はヨーロッパに行かないと!。37型で姉さんのblog見るのって不思議な気分だわww。

bmb さんのコメント...

うん、ヨーロッパは歴史あるからオーストリアについて調べようと思うとどんどん広がっていって時間がいくらあっても足りないわ。

うちのグループをまとめるガイドがウィーン出身の人だったからいろいろ話しをしてくれておもしろかったよ。他のグループのガイドはスロバキアとかえーと、どこだったかな、別の国だった。船のクルーはほとんどが東欧の人ばかり。あぁやっぱりなんかも思ったりした。